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リーンロゼ(ligne roset)ロゼパンプキン

世界のトップデザイナーの想像力と優れた製造技術が融合した家具を展開するリーン・ロゼの歴史

世界の一流家具ブランドのなかでも、とくに長い歴史を持つ1860年創業のフランスの老舗ブランドligne roset(リーン・ロゼ)。
アントニー・ロゼによって、リヨン郊外のブリオードで傘とステッキを製造する木工所としてスタートしました。
優れた木工加工技術を生かしながら伝統的な家具づくりを始め、1950年代にはデザインに重きをおいたコンテンポラリー家具の製造を開始します。
1954年にはリーン・ロゼを語るうえで欠かせない、才能あふれる若きインテリアデザイナーMichel Ducaroy(ミッシェル・デュカロワ)とのコラボレーションが始まりました。
とくに、1960年代から1970年代にかけては、リーン・ロゼの歴史における重要な転換期といえます。
1963年にオールウレタン製のソファを発表すると、世界の家具マーケットに驚きをもって迎えられます。
1973年には正式にリーン・ロゼブランドを設立。
同年、ミッシェル・デュカロワがデザインしたオールウレタン構造のソファ「ROSE Togo(ロゼトーゴ)」を発表すると、瞬く間に人気家具ブランドの地位を確立します。
現在では、フランス有数の国際ブランドとして世界67ヵ国、700店以上の販売店舗を展開。
世界各国の90名以上のトップデザイナーとコラボレーションをおこない、常に新しいライフスタイルを提案し続けています。

愛らしいそのデザインは半世紀を超えてなお私たちを魅了する

数多くのデザイナーとコラボレーションをしてきたリーン・ロゼが、1971年に打ち出したソファ……それが、「パンプキンソファ」です。

パンプキンソファは、当時のフランス大統領ポンピドゥ(ジョルジュ・ポンピドゥ。「ポンピドー」とも記される。シャルル・ド・ゴール政権の2代目首相で、第19代フランス大統領)に捧げるために作られたソファです。世界的に有名な宮殿である大統領官邸エリゼ宮(「エリゼー宮」とも)に保管されて大切に扱われていたという歴史を持つソファでもあります。

「国のトップのために作られたソファ」というと、多くの人は、重厚で厳めしく、どっしりとしていて、歴史を感じる黒革張りのものをイメージするかもしれません。しかし実際に納品されたパンプキンソファは、それらのイメージとはまったく乖離しています。

パンプキンソファは、文字通り「カボチャ」に着想を得て作られたイスです。あの、ユニークながらも愛らしいカボチャに似たころんとしたフォルムを持っており、非常に愛らしいデザインをしています。

しかしその美しく流れるような曲線は、かわいらしさと同時に一種のセクシーさも持つとして一気に話題をさらいました。一目見れば忘れられなくなるほどの愛らしさと革新的なデザインは、ポンピドゥ大統領の心をきっととらえたことでしょう。

このパンプキンソファは1971年に販売され、その後はエリゼ宮にのみ置かれていました。つまり、一般庶民が座ることのないソファであり、また座ることのできないソファでもありました。

しかしそのエリゼ宮に置かれてから37年後の2008年、ついにパンプキンソファは一般市場にも登場することになりました。発売から50年以上が経った2023年はすでに一般のお店でも買えるようになっています。

パンプキンソファのすばらしいところは、50年以上経ってもなお、その美しさや愛らしさ、デザインの巧みさが「時代遅れ」になっていないところです。パンプキンソファを見た2023年に生きる人々は、1971年にこれを初めて見た人と同様、その圧倒的な愛くるしさに驚くことでしょうし、その独特のフォルムに心惹かれることでしょう。 「良い家具は時を超える」といわれていますが、パンプキンソファもまた、そのような「時を超える家具」のうちのひとつといえそうです。

パンプキンソファのカラーリングと機能美について

ここからは、パンプキンソファのカラーリングや機能について見ていきましょう。

パンプキンソファはしばしば「ロゼ・パンプキン」と記されます。この「ロゼ」は、言うまでもなく「ばら色」「ピンク色」のことで、パンプキンソファのなかでももっとも代表的なカラーリングのことを指しています。

ただ実際には、パンプキンソファには豊富なカラーバリエーションがあります。その種類は20色近くもあるとされています。自分の好きな色を選べるのも、パンプキンソファの強みです。なおカバーの素材に関しても、ファブリックや皮、ポリエステルなどのさまざまな選択肢から選ぶことができます。

パンプキンソファのなかでももっともよく取り上げられるのは、おそらく1人掛けのものでしょう。しかしパンプキンソファは、実は2人掛けや3人掛けのものも作られています。複数人が腰掛けられるようになっているパンプキンソファでもそのデザインのスタンスは崩れることがなく、「ちゃんとかぼちゃ」のデザインをしているのも非常に面白い点だといえるでしょう。

パンプキンソファは非常によくそのデザイン性の高さが取り上げられますが、機能的にも「一家言」ある存在です。ウレタンの座面はしっかりと人の体重を受け止め、座る人のラインによくフィットします。かぼちゃのフォルムを生かした緩やかなラインと座面は、使う人の体をゆったりと、しかししっかりと包み込んでくれます。長時間使っていても疲れにくく、リラクッスして過ごせるパンプキンソファは、体の疲れだけでなく、心の緊張さえも解きほぐしてくれるものでしょう。 かつては大統領のために、2008年からは毎日をがんばって生きる市民のためにと発表されたパンプキンソファのすばらしさは、開発後50年以上が経った現在であってもまったく色あせることはありません。50年前と同じく今のパンプキンソファも、愛らしく、官能的で、革新的で、スタイリッシュです。「半世紀以上経っても変わらずにモダンであり続けるパンプキンソファ」は、リビングの印象を決めてくれる名演者といえるでしょう。

パンプキンソファの産みの親、ピエール・ポランについて

パンプキンソファの産みの親である、デザイナー「ピエール・ポラン(「ピエール・ポーラン」とも記される。ここでは「ピエール・ポラン」の表記に統一する)の歩みについて見ていきましょう。

1927年にフランスのパリで生まれた彼は、幼いころからデザインの世界に魅入られていました。なぜなら彼の大叔父は彫刻家であり、叔父はで自動車デザイナーであったからです。大叔父と同じ道を歩むべく勉強を重ねていたピエール・ポランですが、しかしその夢は道半ばでついえることになります。なぜなら彼は事故にあい、右手をけがしてしまうからです。

しかし彼は家具のデザイナーとして活躍する道を見出し、パリにあるエコール・カマンド校に通うことになります。

1950年以降は家具デザイナーとしての才能が花開き、数多くの企業と提携、多くの商品をリリースしていくことになります。今回はピエール・ポランの作品として「パンプキンソファ」を取り上げましたが、ピエール・ポランの名前を世に知らしめたのはやはり「リボンチェア」でしょう。

言葉で説明するには難しいほどに複雑で独創的なこのリボンチェアは、今なお高い人気を誇っている作品です。

ちなみにピエール・ポランは、日本とも関わりのあるデザイナーです。1970年に日本で開かれた大阪万博のフランスパリビオンにおいて、彼は作品「アンフィス(ソファ)」を発表しているのです。

数多くの賞を受賞したピエール・ポランは、1960年代~1970年代のデザイン業界のけん引者となりました。すでに挙げてきたパンプキンソファやリボンチェアがピエール・ポランの代表作ではありますが、それ以外にも数多くのユニークなデザインのソファを打ち出しています。彼の作り出すソファは常に楽しく、機知に富んでいて、独創的です。今も昔も色あせることのない“ピエール・ポランイズム”は、多くのファンを引き付けています。

ピエール・ポランはパンプキンソファが一般市場に登場した1年後の2009年に没していますが、彼の生み出した数多くのデザインは、今後も語り継がれていくことでしょう。

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