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ポルトローナフラウ Vanity Fair

100年以上の歴史を持つ「ポルトローナ・フラウ」の歩みと実績

Vanity Fair (バニディフェア。以下カタカナ表記に統一)という一級品の椅子を打ち出す家具メーカーPoltrona Frau(ポルトローナ・フラウ。以下カタカナ表記に統一)は、イタリアを本拠地とする有名ブランドです。
ここではまず、このポルトローナ・フラウの歴史について解説していきます。

ポルトローナ・フラウは、1912年にイタリアのトリノで生まれました。

イタリアは世界的に有名な家具生産地のうちのひとつであり、ポルトローナ・フラウ以外にも数多くの有名家具ブランドの生まれ故郷となっています。

ポルトローナ・フラウはその歴史が始まった頃から、高品質な家具を打ち出してきました。
その家具のすばらしさは時の王室の目にもとまり、創業わずか14年目の1926年にはイタリアの王室から指名されるブランドへと成長します。イタリアの王政は1946年に廃止されますが、それ以降もハイブランドとして多くの人に憧れと愛を持って受け入れられていきます。

車好きの人ならば、「アルファロメオなどのシートに使用されている革を生み出したブランドである」といえばポルトローナ・フラウのすばらしさがイメージできることでしょう。

押しも押されもせぬ高級家具ブランドとして名高いポルトローナ・フラウですが、このブランドは、アルファロメオやフィアットといった高級車作りにも寄与しているのです。
ちなみに2018年には、フェラーリと手を組んで「フェラーリの所有者のためのオフィスチェア」(cockpit、コックピット)を開発・リリースしました。

ポルトローナ・フラウと車メーカーの関わりは1984年から始まりますが、それから40年近くが経とうとする現在でも、その良好な関係には終わりが見えません。

またポルトローナ・フラウの作り出す最高級品の革は、飛行機のシートにも利用されています。
たとえばハワイアン航空のビジネスクラスのシートは、このブランドとオプティメレス(イタリアに本拠地を置くシートメーカー)の共同開発によって作られています。
そのほか、豪華客船などにもポルトローナ・フラウの革が使用されています。
「家具」としての活躍のみにとどまらず、陸・海・空を行き来する最高級の乗り物に採用されている同社の製品は、それ自体が、芸術品としての意味を持つのです。

ポルトローナ・フラウの革―ペレ・フラウが出来上がるまでの工程とその特徴

ポルトローナ・フラウの代名詞ともいえるのが、「ペレ・フラウ(ペレ・フラウレザーとも。ここでは『ペレ・フラウ』に統一)」です。
ペレ・フラウは、ポルトローナ・フラウが打ち出す革であり、ポルトローナ・フラウの主役でもあります。

「ペレ」は“pelle”、イタリア語で「革」を意味する言葉です。ブランドの名前を冠されたこのペレ・フラウの特徴は、しっとりとした手触りです。
シートに使われる革に求められる手触りの良さと質感、柔らかな雰囲気は、この革だけが持ちうる特徴です。
この唯一無二の手触りは、常に多くの人々を魅了してきました。

普段は意識することはあまりありませんが、本物の革は当然動物を由来とします。
そのため、「動物自身がどのような生活を送ってきたか」によっても、その質は大きく左右されます。
たとえば、よく転んだ牛の場合は革にも傷が残りますし、よく虫に刺されたのであればその跡が残ることも多いといえるでしょう。

このことをよくわかっているポルトローナ・フラウでは、「牛の飼育」にまで気を配っています。
ポルトローナ・フラウの作り上げるペレ・フラウは、徹底した管理の元で慎重に育てられた3歳前後の子牛の、しかもそのなかでもとりわけ上質な部分だけを原材料としています。

そしてこの原材料は20にも及ぶ工程を経て初めて、「ペレ・フラウ」になります。
この工程を担当するのは、熟練の技術を持った職人たちです。
彼らの手によってなめされ整えられたペレ・フラウは、しなやかさとなめらかさを持つ工芸品として、人々の手に届きます。

ペレ・フラウのこのような「質の良さ」と同じくらいに、人々に高く評価されているものとして、「豊かなカラーバリエーション」があります。
ペレ・フラウは基本色だけでも74色、全色をあわせれば165を超えるバリエーションとなります。


家具や車は、「長く、愛着を持って、自分の物として」使い続けることを前提とします。
そのため、飛行機や船のシート以上に、自分のこだわり・自分の好みを反映した色合いのものを手に入れたいと考える人が多いことでしょう。
ペレ・フラウは、オーナーのそのような願いに寄り添ってくれる革だといえます。

シンプルなフォルムに込められたこだわりと美しさ~バニティフェア

ポルトローナ・フラウはペレ・フラウを作り上げましたが、ペレ・フラウは「バニティフェア」を作り上げました。ここからは、この「バニティフェア」について紹介していきます。

「虚栄の町」などの意味を持つこのユニークな製品は、ポルトローナ・フラウを代表するチェアです。
ポルトローナ・フラウといえばペレ・フラウ、そしてペレ・フラウで仕立てられたこのバニティフェアであると評されることもよくあるチェアであり、ポルトローナ・フラウの代表作です。ちなみに今では「バニティフェア」という名前で広く知られるようになりましたが、正式名は「モデル904」です。

バニティフェアは、非常にシンプルなチェアです。
丸みを帯びた背もたれがあり、柔らかな曲線を描くアームレストがある……という単純明快な作りであり、そこには派手な装飾もユニークな線もありません。
「チェア」と聞いたときに、だれもが容易に思い浮かべられるであろうデザインになっているのが特徴です。
そして、そのシンプルなデザインゆえに飽きもきません。
なお、3分の2サイズの「ベイビーバニティフェア」もあります。

その内部は、ポルトローナ・フラウの誇る職人技術によって支えられています。
無垢のブナと48個の二重スプリングからなる枠組み、馬の毛と水鳥の毛から作られた座面、275もの鋲が打たれた背もたれと横部分で構成されており、妥協のない職人魂さえも感じさせる作りになっているのです。
そしてこのようにして作り上げられた構造体を、ペレ・フラウがしっかりと包み込みます。
バニティフェアの心地よさは、このような「飽きの来ないデザイン」「しっかり練られた構造体の設計」「職人の技術と魂」によって作られています。

バニティフェアは、夫婦の愛と情熱によって作り上げられたアイテムでもあります。
ポルトローナ・フラウの創業者はロレンツォ・フラウ(レンツォとも。以下「レンツォ」表記)という人物ですが、彼は創業者であり経営者であるのと同時に、1人の有能な企画作成者でもありました。1881年に生まれて1926年になくなるという短い生涯のなかで、彼は妻サヴィーナと手を取り合い、さまざまな企画を作成してポルトローナ・フラウを導いていきます。
そしてそのレンツォの遺作として、この「バニティフェア」がありました。
バニティフェアは、レンツォの企画資料を元に妻サヴィーナが打ち出した椅子だったのです。レンツォの死後4年後にリリースされたこの椅子は、「ラストエンペラー」にも使用されることになります。

ただの椅子というところにとどまらず、現在のアームチェアを導く旗手ともなったこの偉大な椅子は、今も世界中の人に愛されています。

 

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